夢幻通り商店街

2021年01月


餃子の王将と言えば安くてボリュームがあって美味いというイメージがありますが、ここ数年の間に以前と比べると少し価格が高くなったような気がしますね。
ちなみに私が初めて王将に訪れた80年代の後半は、確か餃子が160円、焼飯が280円、ラーメンが350円くらいだったような記憶があります。
そして、これはお店によって様々ですが、ここ数年、セットメニューが内容、ボリューム的にちょっと物足りない上に価格的にあまりお得でないものが多いような気が・・・
ちなみにセットメニューは基本的にお店ごとにオリジナルで設定されており、昔はどこのお店でもボリュームがあって魅力的な組み合わせのセットメニューが豊富にあったと記憶しているのですが、最近はセットメニューに物足りなさを感じることが多いのです。
中には、なぜこの組み合わせ?と疑問に感じるセットや、目的は残材処理?と思えてしまうセットを見かけることもあります。
もしセットメニューの目的の一つに残材処理があった場合、無駄をなくす工夫として否定はしません。
しかし、やはりセットメニューは魅力的なメニューを組み合わせ、それを単品で注文するよりもお得な価格で提供するというのが本来のあるべき姿だと思うのです。

さて、かなり前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。
先述したCPの低いセットメニューを提供されるお店は、どうもFC店よりも直営店に多いような気がします。
これは意外だと思われそうですが、少なくとも私が知っている範囲では、非常にCPが高く、充実したセットメニューが存在する王将は、ほとんど、と言うかすべてFC店です。
本日はその中の一軒、八日市店を紹介します。
王将八日市

まず、こちらの王将は建物が古いです。
そう、私のような昭和好きにはたまらない雰囲気があります。
ちなみに数年前に訪れた時は店員さんは全員お爺さんでした。
それが先日久々に訪れたら餃子は若い人が焼いておられ、若いお姉さんもいました。
とは言え、お店の外装も内装もほとんど昭和の頃と変わってないのではないでしょうか・・・
店内に一歩、足を踏み入れた瞬間、タイムスリップしたような感覚がありました。
ちなみに私が初めてこのお店に訪れたのは30年近く前です。
その時食べたのは「豚焼肉定食」で600円台だったのを憶えています。
最近では王将のセットメニューと言えば、ほとんど税別800円台から900円台ですが、当時はほとんど600円台だったと記憶しております。
王将で600円台のセットが食べられたあの日に帰りたい・・・
あの日に帰って、もう一度、あんなことや、こんなことを・・・
そのようなことを思いながらメニューを見てみると・・・

豚焼肉定食 660円+税

私は、本当にタイムスリップしたのかと思って、店の外の景色を見てしまいました。
内容的には私が30年近く前に食べたものと変わっていないと思います。
嬉しいことに、ふりかけも付いています。
肉の量がかなり多いのでこれだけでも十分ボリュームはありますが、せっかくなのでジャストサイズの餃子も一緒に注文しました。

焼肉定食1
焼肉定食2

この組み合わせで税別780円!なんと税別800円を超えないのです!

八日市店には他にも魅力的なオリジナルセットメニューがあります。
例えば「餃子セット」は餃子、天津飯、ジャストサイズ唐揚げの組み合わせで税別800円ですが、これをすべて単品で注文したら税別960円になります。
直営店のセットメニューを何軒か調べてみましたが、ここまでお得なセットはなかなか無いような気がしました。
思うのですが、オリジナルのセットメニューには、やはりお店の心意気が現れると思います。
ちなみに、この八日市店に勝るとも劣らない心意気を感じさせるFC店は他にもあります。
また近いうちにそのようなお店を紹介します。





 


前回の記事で草津市の「ちゃんぽん豊」が1月24日で閉店されるとお知らせしましたが、昨夜訪れたら「移転先のお知らせ」が!
時期は未定のようですが、野洲市の方へ移転、再オープンされるようです。
これは嬉しいです!
移転のおしらせ

で、気になる移転先なのですが、何と、あの「ラーメン奏」の跡地になるそうです。
ラーメン奏と言えば以前、このブログで滋賀県最高の淡麗系ラーメンが食べられるお店として紹介しました。
こちらの記事です。
ラーメン奏はさらなる飛躍のために東京へ移転されました。
その跡地に「ちゃんぽん豊」が入られるとのことです。

私は以前からラーメン屋さんは「めっちゃ美味い個人店」と「十分美味くてCPが高くて便利なお店」が二つの究極形だと思っています。
ラーメン奏は完璧に前者に該当しましたが、ちゃんぽん豊は2010年に初めて訪店した頃は、後者に近いイメージがありました。
つまり、後者として何か足りない部分があったために、数店舗あったお店が草津市のお店のみになってしまったのかも知れません。
しかし、ここ数年の間にラーメンそのものは、かなりブラッシュアップされた上に、価格はほとんど変わっていないようなのでCPはかなり高いです。
とは言え、移転先が、めっちゃ美味い個人店向けの場所のような気がするので、そこが気になるところです。
多くのめっちゃ美味い個人店がそうなのですが、決して便利とは言えない場所にある場合が多く、ラーメン奏の跡地も駐車場が気になるところです。
ラーメン奏から引き続き、ドラッグユタカ野洲店に置けるといいのですが・・・
そしてラーメン奏のようにめっちゃ美味い個人店は、立地の悪さも物ともせず大繁盛します。
ちゃんぽん豊もそのように大繁盛してほしいと願っております。

で、昨夜は醤油ラーメンを頂きました。
気のせいかも知れませんが、いつになく出汁がしっかり効いていて、チャーシューの味も食感も素晴らしかったです!
豊醤油ラーメン2

このチャーシュー、噛みしめると何となく懐かしい味が溢れてきます。
ここ数年、レアチャーシューが流行りですが、やはり私はこういうチャーシューの方が好みです。
移転、再オープン後も、この味とCPの高さは守ってほしいなぁと、改めて思いました。

草津市のお店の閉店まで、あと3日となりました。
最後にもう一度ちゃんぽんを頂きにいくつもりです。 


大変残念なお知らせです。
草津市の「ちゃんぽん豊」が1月24日で閉店されるそうです。
場所は草津市駒井沢町の、ファッションセンターしまむら、やよい軒などの並びです。
豊店舗
豊閉店のおしらせ

正直に言いますと、以前から嫌な予感はありました。
このお店には基本的に仕事帰りの夜7時~8時頃に立ち寄るのですが、貸し切り状態ということもたまにありました。
昼間は過去に一度だけ立ち寄ったことがあり、そこそこ賑わっていましたが、それも3年ほど前のことなので最近はどんな状態だったのでしょうか・・・

はっきり言って人気店とは言えないお店ですが、ラーメンは美味いです!
中でも醤油ラーメンは、凄く美味いです!
こちらが醤油ラーメンです。
豊醤油ラーメン

見た目は「なると」が入っているのでネオクラシカル系という感じです。
たまに「昔ながら」とか「懐かしの」などと謳っているラーメンと出会うことがありますが、そのようなラーメンを食べて懐かしさを感じたことはあまり無かったと思います。
この豊の醤油ラーメンは、見た目はまさに昔ながらの懐かしい感じなのですが、味に関しては良い意味で予想を裏切られました。
この醤油ラーメンの味の方向性は今風の淡麗系です。
北海道の羅臼昆布と数種類の節から抽出された出汁と鶏ガラが合わさったスープは、一般的なチェーン店ではまず出せないと思われるクォリティです。
ちなみに私は京都のミシュランガイド掲載店にも数軒行きましたが、味に関してはそれらと比べても決して引けを取らないと思いました。
これでメンマが穂先メンマになって、チャーシューがレアになれば完全に今風の端麗系ですが、私は現状の方が好みです。

ところで、この「ちゃんぽん豊」というお店、店名からも分かるように主力メニューは「ちゃんぽん」なのですが、このちゃんぽんは長崎ちゃんぽんではなく近江ちゃんぽんです。
そして、調べてみたところ1号店は長浜市のイオン前にあったそうですが現在は閉店しております。
ちなみに長浜市にもう一軒、そして近江八幡市、守山市にもお店が存在しましたが、どこも閉店しました。
私が初めて訪れたのは長浜市のもう1軒のお店で、2010年に仕事で長浜市を訪れた時でした。
場所は長浜警察署附近でした。
その時はちゃんぽんを頂きましたが、正直言いますと「麺類をかべ」や「ちゃんぽん亭総本家」と比べて、さほど遜色があるとは思えませんでしたが、それ以上の印象はありませんでした。
それから随分年月が流れて2017年にたまたま仕事で草津市へ来た時に、草津市駒井沢町のお店に立ち寄ったのです。
この時もちゃんぽんを頂いたのですが、驚きました。
その時から7年前に長浜市のお店で頂いたちゃんぽんとは完全に別物でした。
間違いなく近江ちゃんぽんと呼べる物なのですが、元祖である「麺類をかべ」や「ちゃんぽん亭総本家」と比べてスープに鶏ガラのコクが強めに感じられ、さらに、それに負けない昆布の旨味と節の香りも感じられました。
野菜も山盛りで、キャベツが甘くて丁度良い柔らかさです。
そして麺が一般的な近江ちゃんぽんの麺よりも少し太くて小麦の風味も感じられる上にスープと相性抜群なのです。
実は今夜、仕事帰りにちゃんぽんを食べに立ち寄りました。
こちらがちゃんぽんです。

豊ちゃんぽん

ご覧の通り、野菜が山盛りです。
スープは少し濁っていますが、コクがある上に野菜や豚肉から出る味と混ざることで絶妙なバランスになっているので、最後まで飽きずに頂けます。
私が長浜市のお店に伺ってから草津市のお店に伺うまでの7年間に、草津市のお店1軒だけになってしまいましたが、もしかしたら、1軒だけになってからメニューをブラッシュアップされたのかも知れません。

こう言っては何ですが、お店の外観は思いっきりチェーン店風なので、凄く美味いものは期待出来なさそうな雰囲気があります。
さらに、ラーメンの味の種類が豊富なのですが、これも、凄く美味いラーメンが期待できないパターンです。
DSCF2383

おそらく、そこそこのラーメンマニアになると、そういったイメージだけで「あまり美味くない」と判断して訪店しないでしょう。
また、決してお洒落な雰囲気でもないのでカップルがデートで来ることもあまりないかも知れません。
しかし、食べてみたら気鋭の個人店と比べても遜色ないクォリティなのです!
つまり、このお店が決して繁盛していると言えない原因は、まさに「イメージ」にあるのでは?と思うのです。
このイメージを何とかして覆してほしいと思うところですが、残念ながら、1月24日(日)で閉店です。
このような美味いお店が無くなってしまうのは非常に残念です。
これはもう覆せないことだとは思いますが、最後の1週間は、最低2回食べに行くつもりです。
そして、たまたまこの記事に辿り着いてくださった皆様「ちゃんぽん豊」へ、ぜひ一度行ってみてください。
おすすめは醤油ラーメンとちゃんぽんです。
こだわりが詰まった素晴らしいラーメンです。
で、このような記事がキッカケとなって「ちゃんぽん豊」が、いつの日か復活してくれたら嬉しいのですが・・・ 


先日友達がおもしろいことをいっていた。歌舞伎の連中を琵琶湖に案内したが、比良山を教えても、一向に反応を示さない。で、「近江八景の比良の暮雪ですよ」といったとたん、みな感動してふり仰いだという。自然を活かしているのは言葉なのだ。或いは歴史といってもいい。もし「近江八景」というものがなかったら、比良の高嶺に雪が降ろうと降るまいと、誰も興味を持ちはしないだろう。ということは、自然は、――少なくとも日本の自然は、私たちが考えている以上に人工的なものなのだ。自然の破壊ということをやかましくいうけれども、その根は環境庁が考えているよりはるかに深いところにある。ただ保存するだけで、それが甦るとは思えないし、環境庁よりむしろ国語審議会の仕事かも知れない。

いきなり長い引用になりましたが、上記の文章は随筆家の白洲正子さんの著書「近江山河抄」から引用しました。
こういうことって、身に覚えのある方がけっこうおられるのではないでしょうか。
情報によって物の見方がガラッと変わってしまうということは誰にでもあると思います。
私はそれを一概に悪いとは思いません。
そのような情報が価値あるものを正しく理解する入口になれば、それも良いキッカケだと思います。
とは言え、自分の中の「価値観」が曖昧で、常にブレていたり、人に合わせて意見をコロコロ変える人というのは困ったものです。

ところで、私は1月7日の記事で、世の中が「土の時代」から「風の時代」に移り変わったという件に触れましたが「土の時代」の人間関係は「上下関係」が重要だったのに対して「風の時代」では「横のつながり」が重要になってくるそうです。
今まで私たちは、手の届かない「高いところにいる人」に影響されて動かされてきましたが、これからは「身近にいる人」たちとコミュニケーションしながら自分の価値観や考え方を作り上げていく時代になるようです。
そして、この「身近にいる人」というのは隣近所の人たちという意味ではなく、自分と同じような立場の人という意味です。
21世紀に入る少し前にはインターネットが普及し、世界中の自分と同じような立場の人とのコミュニケーションが行われるようになり、やがてSNSが登場したことで、さらに強い「横のつながり」が生まれています。
つまり「土の時代」の終わりが近付いてきた頃、既に「風の時代」への準備が始まっていたということだと思います。
しかし、現状はまだ「移り変わり」の時期だと思います。
そのような微妙な時期だからこそ、様々な問題が浮き彫りになってくると思います。
例えば、現代の若者は読解力不足と言われていますが、これは現代の若者の読解力が昔の若者と比べて低下したということでしょうか?
私は、若者の読解力不足はSNSやインターネット上のコミュニケーションなどによって浮き彫りになってきた問題であって、昔と比べて低下したということではないと思うのです。
つまり、昔から読解力の無い人はいたけれど、それが目立たなかったということだと思います。
皆さんのご両親はいかがでしょうか?
私の両親は、二人ともかなり読解力が低いです。
そして、私は読解力不足の人には大きく分けて2つのタイプが存在すると思います。
まず一つ目は「慌てて読む」「斜め読みする」などにより、要点を理解していなかったり勘違いしたまま感想を述べたり相手に返信したりして、読解力不足だと思われてしまうタイプ。
そして、もう一つは「文脈が読めない」「行間が読めない」などのように、文章の中に直接的に述べられていない部分に込められた書き手の意図を理解出来ない、あるいは想像すら出来ないタイプの人です。
前者のようなタイプは、じっくりと読むということを心がければ大丈夫な気がしますが、後者のようなタイプは改善できるのでしょうか?
思うのですが、後者のようなタイプがTwitterのような短文でのコミュニケーションをするのは非常に危険だと思います。
この「風に時代」の「移り変わり」の時期に浮き彫りになりそうな問題点は他にもいろいろあると思いますが、その辺りも整理して、また改めてじっくり記事を書くつもりです。

この先「風の時代」に人々が馴染むことが出来たら、価値観は実に多様化するでしょう。
比良山の雪景色を見て、何とも思わないのも、感動するのも、どちらもハズレではありません。

これは私が数年前に撮影した比良山の雪景色です。
比良山

夕日を浴びて、まさに比良の暮雪…
ではないんですよね。
この写真は朝に撮影したものです。
つまり、朝日を浴びている比良山なのです。
比良の暮雪の「暮雪」は夕暮れの雪景色という意味らしいので、これは「比良の暮雪」ではありませんね。
で、実は白洲正子さんは「近江山河抄」で、比良の暮雪の「暮雪」のとこを春の残雪というふうに解釈されていました。
つまり、本来の意味と間違った解釈をされていたわけですが、白洲正子さんは、そのようなことがどうでもいいと思えてしまうくらい味わいのある文章を書かれます。
そして話の内容は目まぐるしく移り変わり、お寺や仏像の話をしていたと思ったら突然、古墳時代や神話の世界に話が飛んだりします。
このようなパターンは、学問としての歴史書には、まず無いパターンです。
しかし、綺麗な形の山があり、いにしえの人々がそこに神聖な何かを感じたからからこそ、古墳が生まれ、神社が生まれ、寺が生まれるという考えは非常に納得できる話であり、本質を捉えていると思います。

さて、話は変わりますが、今年はオリンピックが開催されるのかが気になるところです。
私は基本的に反対ではありますが、もし無観客で、安全最優先で開催出来るなら、現状ではそれがベストのような気がします。
何故なら、オリンピックで一番優先されるべきなのは選手であるべきだと思うからです。
もし私が選手の立場で、あと一年延期になった場合、体力的に無理とかだったら、やはり無観客でも勝負したいと思うでしょう。
しかし、実際のところ、オリンピックは選手よりも経済効果が期待されているのが実情だと思います。
それはそうと、前回の東京オリンピックの頃、つまり1964年、白洲正子さんはこのようなことを思っておられたそうです。

一九六四年、東京オリンピックが開催された秋、ある出版社の依頼で、西国三十三ヵ所の観音巡礼を取材した。日本中がオリンピックで沸きに沸いているのを尻目に、旅に出るのがいい気持だったからで、まだその頃は私にも多分に客気が残っていたのである。今から思うと気羞しいが、近江の山の上から、こがね色の稲田の仲を、新幹線が颯爽と走りすぎるのを見て、優越感にひたったものだ。お前さんはすぐ古くなるだろうが、こっちは数千百年を生きた巡礼をしているんだ、ざまぁ見ろ、・・・

この文章は「白洲正子自伝」から引用しました。
白洲正子さんは「韋駄天お正」と呼ばれていたそうですが、風のように軽やかに走り回りながら物事の本質を鋭く捉え続けた生き様は、まさに「風の時代」にこそ相応しい生き方であり、亡くなられてから22年経った現在でも語り継がれているのは、もしかしたら「土の時代」の中で、思いっきり「風の時代」的な生きた方をされた方だったからかも知れません。

で、ここまで読んでくださった方がどれだけおられるか分かりませんが、この記事を読むまで白洲正子さんを知らなかったという方は、おそらく白洲正子さんのことを、ちょっと変わった随筆家というくらいにしか思えなかったかも知れません。
それでいいと思います。
しかし、最後にちょっと土の時代っぽく「権威付け」をしておきます。
白洲正子さんは、伯爵の娘であり、能を習い、女性として初めて能舞台に立った人であり、吉田茂の側近として活躍した白洲次郎さんの奥さんでした。
どうでしょうか?
比良山の雪景色が、歌川広重の代表作の一つ「近江八景」の「比良の暮雪」だと知ってから、その風景に感動する人がいるように、白洲正子さんが凄い人だと知ったことで見る目が変わった方もいるでしょう。
しかし「風の時代」では、そのようなことはどうでもよくなっていくようです。
大切なのは権威よりも中身であり、本質です。
だからこそ「風の時代」は、本質を見る目が必要になり、今まで以上に自分で感じて考えるということが大事になると思います。



 滋賀県で最も神秘的な場所と言えば、個人的にはやはり余呉湖です。
ご存じの方もおられるかと思いますが、琵琶湖の最北端から、さらに山を一つ越えた所にある小さな湖です。
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琵琶湖の周辺には、琵琶湖と川などで繋がっている「内湖」がいくつかありますが、余呉湖は元々は琵琶湖とは繋がっていない独立した湖でした。
その澄み切った湖面は穏やかで、いにしえより「鏡湖」とも呼ばれていました。

しかし、いつしか人々の生活のために利用されるようになり、やがては氾濫を防ぐために琵琶湖への放水路も作られました。
高度経済成長期には生活排水も流されるようになり、琵琶湖と同じく赤潮が発生するようになったそうです。
その後、様々な対策によって、本来の美しさをかなり取り戻したようですが、最近では外来魚が問題になっているようです。

私は時々思うのですが、心の豊かさというものは、やはりある程度の「ゆとり」というものが無いと生まれてこないのでしょうか?
余呉湖に美しさや神秘性を感じるには、ある程度「ゆとり」が必要になると思います。
では、物質的に満たされて、時間的な余裕も得られたら、美しい風景に感動する感性が養われてくるのでしょうか?
私は単純にそうだとは思えません。
お金持ちで時間にも余裕があり、ブランド品を身に付け、高級車に乗り、年に数回いろんな国へ海外旅行へ行っている人でも、そのような感性が養われない人もいるでしょう。
その一方で、日々の生活に追われ、毎日疲れ果てても、夜眠りに就く前のほんの数分の読書だけで無限に感性を磨ける人もいるでしょう。
このような個人差は、もちろん人それぞれの人生経験によって出てくるもののような気がしますが、先天的なものだとも考えられます。

ところで、西洋占星術の話によりますと、昨年の12月22日、世の中は200年続いた「土の時代」から「風の時代」に移り変わったそうです。
ちなみに「土の時代」は人々が物質的に満たされることを求めた時代だったのに対して「風の時代」は心の豊かさを求める時代になるようです。
これは言い換えると、物質的に満たされても、それが心の満足に繋がるわけではないということに人々が気付く時代になるということだと思うのです。
この件については私も非常に興味が湧いたので、ネット上のいくつかの記事に目を通しましたが、私なりの解釈も含めて、また改めて書こうと思っております。

話が少し脱線気味になりましたが、余呉湖は人によっては生活の場であり、人によっては美しい風景です。
何が正しいとは言えませんが、一つ言えるのは、この湖は人の心を映す「鏡」だということです。
「鏡湖」と呼ばれる理由は、そこにもあるのではないでしょうか。

ところで、この余呉湖は「羽衣伝説」が有名です。
天女に恋心を抱いた男が天女の羽衣を盗んで天に帰れないようにして、やがて結婚し・・・という有名な伝説で、余呉湖以外のいくつかの湖にも同様の伝説がありますが、この伝説は余呉湖が元祖だと言われており、奈良時代にはこの伝説が語られていたそうです。
そして、天女が羽衣を掛けた衣掛柳と呼ばれるマルバヤナギの木があったのですが…
DSCN6796

実は数年前に台風で倒れ、残念ながら切断されました。
しかし・・・
このように切断された幹から、また枝が伸びています。
生命の神秘と力強さを感じ、心を打たれました。
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パワーをもらおうと思い、幹に触れてきました。
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ここは、私にとって新たなパワースポットになりました。
またパワーが欲しくなったら訪れるつもりです。

では、1月4日に余呉湖で撮影した動画を編集しましたので貼り付けます。
今回のBGMは私が25歳の頃に作った「白い朝の記憶」という曲です。
当初はピアノと薄っすらとしたシンセのみの編曲でしたが、今回はストリングスやオーボエ、さらにケルティックな女性ボーカルCeltiaさんの声も使用させて頂きました。
冬の滋賀県北部をイメージして作った曲ですが、この曲は改めて聴いてみると琵琶湖よりも余呉湖のほうが似合うような気がしました。



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